手紙を出した。
両親とは約15年会っていなくて、たまに電話で話す程度。それも毎回の様に険悪な空気になって終わるので最近は電話も年1未満だった。私のケースだと恐らく物理的な距離を置く必要があったのは確かなことで、10代後半時点で大学進学を口実に実家は出ている。しかしそれでその歪な人間関係が決着したという気はしなくて、何かしらやり取りをする必要がある様には感じていた。
数年前から手紙を認めようと何度か文章を作っていて、でもその度に途中で辞めていたのは、何故そうする必要があるのか、その理由が今ひとつ明瞭にできていなかった為。
最初は至極冷静に、自身が得た身体や心に関する知見や素晴らしいと思ったヒーラーやスピリチュアルの本を紹介しようとしていた。でもそれは親を変えようとする試みに他ならないのではないか、そして例え最大限に私的なものを切り離すよう留意して自然で読み心地の良い文章を見繕うとして、自分がそこまでやる理由は何処にあるのだろうか、 という2つの疑問により書き掛けになった。
それが基本として自分の感情を除いたものであることに鑑みて、次は過去の恨み辛みを皮肉全開で描き並べようとした。でも瞬時にそれをやって何が伝わり変わるのか、と冷静になる。そもそもその程度で多少なりと彼らが何かに気付いてくれるならとっくの昔にやっている。それにそうした敵意剥き出しの手紙は、彼らにとって「息子がどうしようもない子供であり自分達の人生を辛いものにした全ての元凶である」ことの大きな証拠の1つとなってしまう。
こうして誰にも見せない文章が複数溜まっていた。
それから時間が経過して今から2ヶ月程前、スーザン・フォワードの『毒になる親』を読み、“対決”の必要性に納得して、12月が終わるまでに2通の手紙を出そうと決めて今に至る。スーザンの著書を読む前に私が出した2つの方針は正反対のように見えて、どちらも重要な要素を欠いていた。スーザンが“対決”に際して手紙を書くうえで必ず含めるよう指摘するのが次の4頂。
1 あなたが私にしたこと
2 その時の私の気持ち
3 そのことが私の人生に与えた影響
4 現在のあなたに望むこと
親に有益な情報を描き並べようとした事が何も産まない過去の所業の延長上にあることは勿論として、皮肉を並べ立てようとしたのもやはり正しくなかったなと思った。というのもその文章中において私は親がしたことには大分遠回しだったり抽象的にしか触れていなかったし、それを受けての自分の気持ちも一切出していなかった。あくまで彼らの行いの俯瞰的な問題点やその背景等に終始し、そこから大きく飛んで憎悪の言葉を連ねていた。された事の詳細やそれを受けての私のダイレクトな怒りや悲しみや絶望について一切触れられていなかった訳だ。
自己調節ができずまたそれを客観視もできない両親が家庭内において日常的にネガティブな態度や感情を曝すなか、私には幼児の頃から「自分がほんの少しでも後ろ向きになったらこの家庭は崩壊する」との感覚が常にあって、故に家庭内ではどんな時でも明るく天真爛漫で特に悩み事もストレスも無いという装いをしていて、それは不登校だったり客観的に私の問題が浮き彫りになっている頃ですらそうだった。(そんな様子を見て「家では普通なんですが」と宣う親によって益々自分の立ち位置は悪くなったものだ。)
かつて私にとって感情を表に出すことはこの上ない禁忌で、特に家庭内において親に対して正直な感情を伝えるという、恐らく健全な家庭に育った人にとっては至極当たり前であろうことが、大人になった今でも私の意識の範疇からは完全に抜けていたのだった。
スーザンの記述をすこし引用しておく。
この“対決” は彼らのためではなく自分のために行うものだということである。 親のネガティブな反応ははじめからわかっていることだ。成功か失敗かを決めるのは親の反応がどうだったかではなく、自分にどれほどの勇気がありどのような態度を取れたかということなのである。
心には強いプレッシャーがかかるが、はっきりと“対決”するということは、心の最深部に横たわっている“恐れ”に顔をそらさず直面するということであり、それだけでも、いままで圧倒的に親のほうに傾いていた心理的な力のバランスを変えはじめることになるのである。
もしこの方法を取らなければ、残る道はその恐れとともに残りの人生を生き続けるしかない。そして、自分自身のために建設的な行動を起こすことを避け続けていれば、無力感や自分に対する不十分感は永久になくならず、自尊心は傷ついたままだ。
(『毒になる親』 スーザン・フォワード)
実際私は未だに親を恐れている、と思う。理性のうえではもうずっと前から「万が一次に親が何か干渉してきたら役所や警察の力を借りて可能な限り今後極力関わらなくて良い方向性を探る」と決めているし、いざそうなったとしてもきっと冷静に遂行できる。しかし気分は晴れずいつも靄がかかっているし、慢性的に身体は硬いままだし、日常には常に安心感が無いまま。結局のところ、万が一の可能性を意識する以上、相応のエネルギーはリザーブされているのだろう。
スーザンは続けてこう書いている。
「あなたに負わされたものは、その原因となった人間に返さないかぎり、あなたはそれをつぎの人に渡してきまう」
私は未婚で子供こそ居ないものの、既に己の負ったものの幾らかを全くの他人、それも私を特別に見てくれた人に渡してしまった。今人間関係をあまり持たないようにしている大きな理由がそこにある。慢性的な頭痛や緊張が相手に伝播したり、気を遣わせてしまうから、それを気にしなかったり許容してくれたとしたらきっと気が緩んで結果心の底に残留する怒りが表出しその人に向かってしまいかねないから、またそれらを申し訳なく思っても即座に改善できる保証も無い為。万が一にも親という立場を得ようものなら、少なくともこの時点での私は間違いなく新たな“毒親”と化すだろう。
丁度少し前に杉村太蔵が「私の会った優れたリーダー達は例外無くいつもご機嫌」と言っていて、それは感情のコントロールができているからだとコメンテーターが分析していた。きっと今の私はこの対極に近い。
結局のところ親と同様の状態となっている根本は十中八九親によって歪んだ正義を押し付けられ続けたことに起因し、とはいえ自然で正常な己を取り戻すべく努力するある種生物としての責務のようなものがあるのも確かなことだと私は思う。
それにしても作成にあたって1ヶ月程の期間を設定したのだけれども、これが適切な長さだったのかは分からない。1ヶ月の間毎日の様に過去を思い出してそれを言語化することで頭や首の緊張も強くなり他に何も出来ない日も多かったし、何度か夢の中で当時の不快な状況が再現された。とはいえ何度も読み返しながら両親合わせて1万文字近くなった文章を2,3日で書き上げるのも今の私には困難だっただろうから、せめて1週間くらいで消化するのがベストだったのかなという気はする。
この“対決”が心理的な力のバランスを変えることに、そして自尊心を取り戻すことに繋がることを願うばかりである。