『心的外傷と回復』を読み終えた。精読を強く意識し、気になる箇所を何度も目で追い、自身の体験を想起し浸ったりしながらで、まだ集中力が低いこと・他の書籍と並行したこともあるとはいえ実に半年近くを掛けたことになる。これほど一冊の本を丁寧に読んだのは人生で初めてかもしれない。
トラウマ問題のバイブルともされ世界中で広く読まれる本書について、ほんの1,2記事でその全てを消化しきったかのようにまとめてしまうのはあまりに畏れ多い。今後幾度となく読み返し、その深甚な知恵と経験に想いを巡らせ、時にこのサイトでも引用させていただくことになるだろう。
心的外傷の回復過程は三段階に分類される、とHermanは言う。一段階目の「安全の確保」は、自身ずっとその必要性を感じていて比較的早期に実行したつもりでありながら、そしてそれを真には達成できていないことをほんの最近まではっきりとは自覚していなかった事項でもある。
心的外傷の元凶たる人物と(話し合いが成立せず再度の加害の可能性が否定し切れないという前提で)物理的な距離を置くことが必要なのは言うまでもない。しかし、外傷によって影響を受けた身体と心に安静を取り戻させるということを私は少々正確に理解しておらず、そして寧ろそちらの側こそが「安全の確保」の本質的な部分であろうということが今でははっきりと分かる。身体化したトラウマを「自制の不足や社会常識の欠如などによる幼稚さの現れ」とする加害者側や無知な人々の観点を、私自身ある程度正しい見識として受け容れてしまっていた。
こうして改めて専門家の知識に触れるようになるまで、つい3年ほど前までは、心的外傷が齎す疼痛や身体のぎこちなさを「挙動不審」などと表現していたくらいだった。無知は冷たく悲しい。傷付けられたかつての自分の側に寄り添うことを行っていなかったし、根本的に改善するように思えなかったのは言うまでもない。
第二段階の「想起と服喪追悼」で特に印象に残った部分を引用しておく。
“感情抜きで事実だけを唱えさせることは実りのないわざであり、治療効果は皆無である。ブロイアーとフロイトとが一世紀前に記しているように「情動なき想起はいつも結果を生まない」。したがって語りの要所要所で患者は何が起こったかだけでなく、何を感じたかを再構成しなければならない。”(p262)
かつて「感情を排した事実の認識と俯瞰」に拘泥した私は深い溜息と共にこの文章に納得せざるを得ない。思えばそれも「あなたにこそ問題がある」として私をコントロールせんとする他者の視点に過ぎなかった。
第3段階「再統合」。
“「私は私自身の持ち主だ。これは確かだI know I have myself」――この単純なことばは回復の第三段階のシンボルマークにふさわしかろう。第三段階は最終段階である。生存者はもはや自らの外傷的な過去にとりつかれている(所有されている)という感じを持たなくなる。生存者は自分自身を所有している。生存者のこれからの任務は<自分がなりたい人間になる>ということである。第三段階の過程において生存者は外傷以外の時期、外傷体験自体、そして回復の時期をふり返って、そこから自分がもっとも高く評価する自分の面(複数)を改めて引き出すのである。これらの要素すべてを統合して生存者は新しい自己を創り上げる、理想像としても、現実においても――。”(p303)
本書がこのうえなく広く深くをフォローした現代心理療法の基礎であり模範であることに疑いの余地は無いのであるが、かといって全てを盲信しきることはそれ自体が狭窄に他ならないということを置いておいたとしても、私(たち)が考えるにあたって留意しておいた方が良いであろう事項は当然浮かんでくる。
例えば、これは主としてアメリカで過ごしたアメリカ人によって書かれたものであるということ。複雑性PTSDの原型であるPTSD自体がベトナム戦争に大きく端を発しているうえ、Hermanも追記部分で嘆いているように、アメリカはそれ以降、比較的最近も戦争に手を染めている国であり、そもそも長きに渡る銃社会だ。一方の日本においてはこの79年は戦争が起こっておらず、銃も大半の人々にとっては「一部の反社会的勢力が所持していて映画やアニメやたまにニュースでその存在を知らされる非日常的な殺人兵器」程度の距離感であろう。一見したところの社会に蔓延る暴力の程度は、アメリカに比べると日本の社会におけるそれは比較的大人しいといって良い。
ならばそれに比例して、日本における心的外傷の度合いは軽微なのか、というとそうとは全く言えまい。
トラウマの定義でも引用したDavid Emersonの文章を再掲する。
“トラウマとは選択肢がない状況の経験である。あなたが戦場で攻撃を受けた兵士なのか、虐待のある家庭で育った子どもなのか、あるいはひとりで道を歩いていて暴行を受けた女性なのか、そしてそこで起こったことが何なのか云々、ということは関係がない。”
Hermanは戦争経験者のうちPTSD症状が見られる人とそうでない人の差異に関して、戦地にて苦境と心境を共有できる味方がいたかどうかを大きな要素として挙げている。トラウマとは孤立の経験、世界から離断した感覚であり、逆に言うと出来事自体を共有できる状態にあるのなら、それが外傷と化すリスクも抑えられる訳だ。出来事そのもの以上に、それがどのようにして消化され、昇華されるかということの方が肝要だということだろう。暫くは戦争もなければ治安も良好な、成人男性が真夜中に出歩くに際して特段の警戒を要さない、外殻は平和なこの日本の社会には日本の社会なりの、薄暗く湿った抑圧と暴力と分断と孤立があると私は思う。
一見したスケールの程度という点で、対して近年では、SNSの利用により若者の幸福度が下がるという問題が取沙汰されたりする。食料や物資、環境や人間関係はいつの時代も千姿万態であって当然だけれども、昨今はインターネットさえあれば日常生活で接触のない見知らぬ他人のそうした状況を即座に把握できてしまう。実際はそれらが必要以上に装飾・脚色されていることだってままあるのに拘らず、そうした一見充足した人々を中心に据えた認識世界において、欠乏した像に彫り込まれた自身はかけ離れた不幸な存在となる。
基本として我々の認知機能は無限の宇宙をどこかしらの範囲までで切り取り、それを宇宙のすべてだと見做し、その空間内で幸福や不幸の度合いを相対的に定義しがちだし生存の過程でそうせざるを得ないところはある。
Hermanが、友人にして『身体はトラウマを記録する』の著者、Bessel van der Kolkにかけた言葉が興味深い。
“外傷治療における昨今の発展について書くため、強力な研究者であり旧友でもあるベッセル・ヴァン・デア・コルクと話をしたことがあった。今となっては懐かしい思い出だが、「私は昔ながらのバニラ味だけど、あなたは期間限定のフレーバーね」と彼をからかったことがあった。”(p398)
このあと、“最新技術ばかり追いかけていると1ヵ月もしないで店頭からなくなってしまうぞという皮肉だったが、しかしそうはならなかった。”と続く。
心身問題の弁証法において、Hermanは意識の力によって脳と身体を変えようとした。これは恐らくあらゆる困難に直面した多くの人々が、実際に試みる基本的な対応手段に相違ない。
対してvan der Kolkは、脳と身体の力によって意識を変えようとした。
これらは両方とも有意義であるものの、Hermanの述べるように伝統的方法には欠点もあり、それは世界中に存在する心的外傷を抱えた人の大多数にとって、心理療法は手が届かないということだ。
精神医療の水準はともかくとして、治安や経済に関しては恵まれていると言っていいであろうこの日本においてすら、それは恐らくそうだと言わざるを得まい。多くの患者は5分か10分の事務的な会話と共にそれらしい処方箋を渡されることを、一般的な精神科の治療メソッドとして受け容れている。或いはその人らはまだ良い方で、それ以前に自身が心的外傷により離断しているのだということを自覚せぬまま困難な日常を送る人も少なくないだろう。
尤もその流れでHermanが紹介するニューロフィードバックは、2024年現在の日本においては保険適用外のマイナーな治療法であり、やはり多くの人にとってはアクセスが容易とは言い難い。とはいえ伝統的な、熟練した医療従事者と綿密な準備と繊細な進行が必要な「お話し治療」に比べれば、テンプレートに落とし込むことで庶民的な問題解決法として普及しうるポテンシャルが大きいことは想像に難くなく、インターネットで関連情報を眺めていても、実際その片鱗は現れてきているように思う。
身体と脳と心を一つに統合すること、また多少異なる言い回しを用いるならば、身体と脳と心が統合された、ヒト本来の完全で自然な状態を今一度全霊をもって思い出すこと。一回復の中途に在る者として、この基本と徹底的に向き合い一冊の書籍にまとめあげた女史に、深く感謝と敬意を示すばかりである。